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認知症でも家族信託は利用できる? 判断のポイントや利用できないときの代替策を紹介

認知症高齢者は日本全国に数百万人いるといわれています。認知症になると判断能力が低下し、日常生活にも様々な支障をきたすことになってしまいます。
高齢化が進む日本においては深刻な問題ですが、「家族信託」という形で信託契約を結んで高齢者の財産管理等の問題を解消する手段もあります。
ただ、家族信託は契約に基づいて実施されるものです。認知症になってしまった後でも利用できるのかという点はよく考える必要があります。

この記事でも、“すでに認知症になっている方でも家族信託を利用できるのか?”について言及をしていきます。

認知症の方が家族信託の利用はできるのか

家族信託では、「委託者」「受託者」「受益者」の3者が当事者として登場します。
委託者と受託者との間で信託契約を締結し、委託者が自らの財産を信託財産として受託者に預け、受託者は委託者との契約内容に従い管理運用を行います。そして信託財産を管理運用することによる恩恵を受けるのが受益者です。

実際によくあるのは委託者=受益者というケースです。
例えば、自分の生活費等に充てる財産の管理運用を、信頼できる家族の誰かに任せるという形で信託契約を結ぶケースです。この家族信託の準備をしておけば、将来的に委託者が認知症になったとしても財産の所有はすでに受託者である家族に移っているため、散財や詐欺被害による経済的損失を防ぎやすくなります。

しかし委託者となるべき本人がすでに認知症の場合、“有効に信託契約を締結することができるのか”という懸念が生じます。

判断能力がないなら家族信託できない

家族信託を始めるには契約の締結が必要です。
そして契約を有効に締結するには当事者に「意思能力」がなければなりません。

 

法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

引用:e-Gov法令検索 民法第3条の2

 

ここでいう意思能力は、行為の結果を判断するに足るだけの精神力のことをいい、一般的には「判断能力」と表現されることもあります
つまり、判断能力を失うと有効に契約を締結することができなくなり、家族信託を始めることもできなくなるということです。

このように考えると、“認知症になっているかどうか”で画一的に評価されるわけではなく、各人の様子から“判断能力を失っているかどうか”が個別に評価されるということがいえます。

つまり、認知症になっていたとしても信託契約を締結するにあたって十分な判断能力を備えていたと評価できる場合には家族信託を始めることはできます。
逆に、認知症との診断を受けていなくても判断能力を欠いていると評価される場合には家族信託を始めることはできません。

判断能力が備わっていることを示せれば家族信託できる

認知症の方が家族信託を開始する場合、判断能力が備わっていることを示す必要があります。
家族信託に対して不満を持つ人物がいると、委託者が契約時認知症であったことを理由に無効の主張をしてくる可能性があるからです。

認知症かどうかが判断能力の有無についての判断基準になっているわけではありませんが、認知症と診断をされている方が判断能力が低下しているとの評価を受けやすく、認知症の認定を受けているという事実は判断能力の有無を検討するにあたって不利にはたらいてしまいます。
契約時に判断能力があったことを示す証拠を残すためにおすすめの方法は信託契約書を公正証書として作成することです。公正証書の作成は法律のプロである公証人が行い、契約内容につき当事者に確認を取るなどの過程が含まれています。第三者である公証人が関与することによって、そのためその場で問題なく契約が締結できたのであれば信託契約有効であること客観的に示しやすくなります
判断能力の有無を判断するのは、医師ではなく最終的には公証人であるため、判断能力に不安がある場合には、あらかじめ公証人としっかり打ち合わせをして、事前に判断能力についての評価も行っておいてもらうことが大切です。

公証人に判断能力を認めてもらうためには、次の点をクリアできることが重要です。

  • 自分の名前や生年月日、住所を言える
  • 身体的に困難な場合を除き、契約書に署名ができる
  • 家族信託の概要、メリットやデメリットが分かる
  • 誰にどの財産を託そうとしているのかが分かる

認知症発症後は成年後見制度を検討する

認知症発症後、有効に契約を締結するだけの判断能力がないと評価される可能性も高いです。
そこで、このような場合には「成年後見制度」の利用を検討しましょう。

認知症対策は家族信託だけではありませんので、様々な手段を視野に入れることが大切です。
特に成年後見制度は事後的な対応として有効ですので、契約の有効性につき争いが起こりそうな場合には成年後見制度を利用した方が良いケースもあります。

ただ、成年後見制度と家族信託は似ている点があるものの相違点も多数あります。そもそも各制度の趣旨から異なっています。
家族信託は財産の管理に着目しており、利益を生むための積極的な運用も可能です。受託者は信託契約の目的にしたがって、信託行為を実行して受益者に利益をもたらすことがその職務です
これに対して成年後見制度は判断能力が低下した本人を保護するための制度です。積極的に財産を増やしたり事業を拡大させたりするというよりは、本人の財産を預かって適切に管理をすることがその目的です。また、家族信託のように契約の範囲内で財産管理を行うだけでなく、成年後見制度では広く本人の代わりに財産管理を行いさらには医療や介護などに関する法律行為を行うこともできます。本人を支援する人物は「後見人」と呼ばれます。

任意後見制度と法定後見制度

成年後見制度は、①任意後見制度と②法定後見制度の2つに分けられます。

①任意後見制度
本人の判断能力が十分あるうちに本人と後見人候補者が「誰が後見になるのか」「財産管理等についての権限はどこまで与えるか」などを決めて、事前に任意後見契約を締結し、将来判断能力が低下したときにその契約内容に基づき後見を開始するという制度です。事前に後見の準備を行うため、後見人の選任や支援の内容につき本人やその家族等の意思を反映させることができます。

②法定後見制度
判断能力が喪失・低下した本人のため、家庭裁判所に申立を行い、後見人を選任してもらうことで後見が開始されるという制度です。家庭裁判所が後見人を選ぶため、親族ではない第三者の専門家が選任されるケースも多くあります
本人の判断能力に応じて後見制度の内容が変わり、権限の範囲にも違いが生じるのが特色です

(ア)後見の開始:本人に判断能力が全くないときの制度
(イ)保佐の開始:本人の判断能力が著しく低下しているときの制度
(ウ)補助の開始:本人の判断能力が低下しているときの制度

このように、任意後見制度は事前対応により利用できる制度であり、本人が契約を締結しなければならない点でも家族信託と共通しています。
つまり、認知症により判断能力を失い、契約が有効に締結できない場面では利用ができません。

よって、認知症発症後に有効なのは法定後見制度の方です。

成年後見制度と家族信託の違い

成年後見制度も家族信託も、財産管理を行うことは可能です。
例えば預貯金につき入出金をしたり不動産の管理をしたりといった行為はどちらの制度でも行うことができます。

しかし、上述の通り成年後見制度では本人の保護に重きが置かれているため、その範疇を超えて積極的な資産運用を行うことは難しいです。
これに対し家族信託では、契約内容に含めておけば自由で柔軟な財産管理・運用を受託者に任せることができます。不動産や株の運用などにも対応できます。そのため両者の違いをざっくり説明するとすれば、柔軟性や自由度に差があるということができるでしょう。

ただし、家族信託が常に優れているということではありません。
まず事前の準備が家族信託は大変ですし、契約内容も適切に設計できなければ思い通りの結果が得られません。何より家族信託では“財産の取扱い”を重視しているのに対し、成年後見制度は財産管理以外の“身上監護”も重視しているという違いがあります。

例えば本人の入院に関する手続、介護施設への入所手続、福祉サービス利用の手続、生活状況の確認、住まいに関わる契約行為などは成年後見制度だからこそできることです。

家族信託が向いているケース

以上の違いを踏まえ、家族信託が向いているケースから説明していきます。

まず挙げられるのは「大きな資産を持つ方」です。
賃貸住宅を所有しているなどの理由で大きな資産を持っている場合には、家族信託を活用して受託者が当該不動産の運用をできるようにしておいた方が利益を生みやすいです。

また「障害のある子を持つ方」にも家族信託が向いています。
相続により子に財産を渡したいものの、障害があるとその子自身で財産を活用することが難しいです。しかしこの場合でも家族信託により信頼できる人物を受託者として設定し、子を受益者とすれば、子がその財産からの利益を得ることができます。

「事業承継をしたい方」にも家族信託が向いています。
株式会社の場合、後継者に株式を譲渡する形で事業承継を進めるケースがあります。しかしまとめて株式を譲渡すると贈与税の負担が大きい上、その時点で経営権を渡してしまうことになります。家族信託であれば、現代表者を委託者兼受益者、後継者を受託者とし、委託者を指図権者とすることで贈与税の負担を避けるとともに経営権も維持することができます。

成年後見制度が向いているケース

次に、成年後見制度が向いているケースを説明していきます。

成年後見制度の利用は、「本人の生活を心配している方」に向いています。
成年後見制度は、本人の財産を扱いたいというよりも、本人の生活が心配でそのサポートをしたいというニーズに応えられるようにできているからです。日常生活に関わる契約行為を支援したり、悪徳商法に騙されて契約したり高額な買い物をしてしまったりするのを防ぎたいという場合には成年後見制度を利用すべきです。

早期に家族信託を検討することが大切

家族信託を利用したいのであれば、早期に検討を始めることが大切です。
認知症になってからでは成年後見制度しか利用できなくなる可能性が高くなってしまいます。

まずは弁護士に相談し、「どの制度の利用が適しているのか」「現在の状況で家族信託は利用できるのか」「信託契約の内容はどのように定めるべきか」ということにつきアドバイスをもらうと良いです。

家族信託と認知症についてのよくある質問

最後に、家族信託と認知症に関するよくある質問とその回答を簡単にまとめていきます。

軽度認知障害(MCI)だと家族信託は利用できますか?

「軽度認知障害(MCI)であれば家族信託は利用できるのか」という疑問を持つ方もいるでしょう。MCIとは「Mild Cognitive Impairment」の略で、認知症の前段階と説明されることもあります。

軽度認知障害の場合、認知機能の低下の程度がそこまで大きくはなく、日常生活に支障がないことも多いです。とはいえ症状の内容には個人差があります。
そのため「軽度認知症であれば認知症ほどではないし、判断能力はあるだろう。家族信託もできるだろう。」と安易に考えるべきではありません。本人が契約の内容をしっかりと理解できているかどうか、これを客観的に評価できることが大切です。

判断能力はどのように確認されますか?

公正証書を作成する際、公証人に対し契約内容説明ができなければなりません。

その際、信託財産に組み入れる財産の内容が細かく説明できる、財産を託そうとしている人物を言える、ご自身が亡くなった後の財産の行方について具体的な指定ができる場合には認知症の診断を受けていたとしても判断能力があると確認され、有効に契約を締結できる可能性があります。

家族信託のご相談は電話やメールのほか、リモートも可能です。お気軽にご相談ください。