家族信託で事業承継を行う方法とは? 信託契約の定め方や他の方法との比較、注意点などを解説
世の中の経営者にとって事業承継は大きな問題です。「後継者がいない」という問題もありますが、後継者がいても「どうやって後継者に引き継ぐか」という問題に直面することがあります。
いくつか手段はあるのですが、それぞれにメリット・デメリットがあり、選び方に悩むこともあるかと思います。その中でも家族信託は柔軟性が高く、様々な問題に対処することができる事業承継の手段といわれています。
そこで事業承継を検討している方に向けて、この記事では「家族信託を使った事業承継の方法」や、他の手段との比較、そして注意すべき点などを解説していきます。
目次
家族信託を使った事業承継の方法
家族信託では、「委託者」「受託者」「受益者」の3者が登場します。この3者をどのように設定するのか、どのような財産を信託財産とするのか、その信託財産を受託者はどのように扱うのか、ということを定めていくことになります。
ここで説明する事業承継では株式会社を想定しておりますので、“どのようにして自社株式を後継者に渡すか”がポイントです。
そして自社株式の移転が問題となる以上、会社側での手続も進めていかなくてはなりません。
以下で詳しく説明していきます。
委託者兼受益者を現経営者・受託者を後継者にする
まずは家族信託の基礎となる“信託契約の当事者”の設定です。
委託者と受託者、受益者を定めると述べましたが、常にこの3者が別人である必要はありません。
ここで紹介する事業承継でも委託者と受益者を一致させます。
委託者兼受益者となるのは現経営者(100%株主)です。
そして受託者に後継者を指定するのです。これが家族信託を使った事業承継の基本的な形とされています。
委託者とは自らの財産を信託財産として預ける人物のことですので、当然自社株式を与えようとする現経営者がこの立場となる必要があります。
受託者は信託財産を管理運用する人物のことで、ここに後継者を充てます。
しかしながら、現経営者もまだ亡くなっているわけではありませんので、受益者も現経営者として設定し、信託財産からの受益権はそのまま維持できるようにします。
自社株式を信託財産にする
株式会社における事業承継で家族信託を使うなら、自社株式を信託財産とします。
そうすると委託者が持っていた株式は、委託者の所有物ではなくなります。
受託者である後継者の所有下に入り、議決権も後継者が持ち、会社経営に参加していくことができるようになります。
指図権を現経営者に与える
以上の設定により、“委託者が生きている間は株式から生じる利益は委託者がそのまま受けつつ、経営権を後継者に渡す”ということが実現されます。
しかしながら、“いきなり全権限を後継者に渡すことへの不安”に対する問題は解決されません。
そこでポイントとなるのが「指図権」の設定です。
指図権とは、信託行法に定められているもので信託財産の管理又は処分の方法について受託者に指図を行う権限のことをいいます。
この指図権を現経営者である委託者に設定することによって、後継者である受託者の議決権行使についても指図をすることができるので、委託者にも会社に対する一定の権限を留保することができます。
そして、万が一後継者が暴走してしまっても、間違った方向に権限を行使しようとしても、抑止することができます。
その上で、信託の終了事由を「委託者の死亡」、帰属権利者を「受託者」とすることで、最終的に後継者に完全に経営権を渡すことができます。
株主名簿に信託財産化の事実を記載
家族信託上のルールではなく会社法上のルールですが、「株主名簿」の書き換えもこの事業承継に際して必要となります。
株主名簿とは株主の情報を会社が取りまとめた書類のことで、会社はこの株主名簿に記載されている人を株主として取り扱えば良いことになっています。
会社法ではすべての株式会社に作成義務を課しており、内容に変更があったときの書き換えなども求めています。
会社法では、株主名簿の適切な整備をしていない会社に対してペナルティも予定しています。しかし、そのこと以上に会社が株主名簿に記載されている人を株主として取り扱えば良いとされているため、会社に対して“株式の権利移転を主張できる状態にしておくため”に「株式が信託財産に属する旨」を株主名簿へ記載することが必要です(会社法154条の2)。
この記載を行うことで、株式が信託財産に組み入れられていることを当事者間だけでなく、対外的にも主張できるようになります。
非公開会社の場合は会社からの承認を得る
株式は原則として自由に譲渡ができるものです。
これにより、広く投資家から出資を求めることができ、規模の大きな事業を行うことができるようになります。
しかし多くの中小企業では自由な譲渡を許さない旨を定款に定めています。家族や身近な人物だけで経営をしているケースも多く、株式が自由に譲渡できてしまうと、関係性を持たない第三者が会社経営に参加してくるかもしれないからです。
こうしたルールを設けている会社は「非公開会社」と呼ばれます。
そして非公開会社では、株式を譲渡するのに承認を得る必要があります。
承認機関は取締役会または株主総会です。取締役会を設置している場合には原則として取締役会からの承認が必要で、取締役の過半数の出席および過半数の賛成が要件となります。
取締役会非設置会社では、株主総会にて、議決権の過半数を持つ株主の出席および出席した株主の過半数の賛成を得ることが要件です。
とはいえ、現経営者がほとんどの株式を所有している場合には実質現経営者が承認機関として機能するため、承認に関して大きな問題が起こることはあまりないでしょう。
他の事業承継方法との比較
家族信託以外にも、株式の贈与・売却・遺贈・相続などの方法で事業承継をすることは可能です。
これらの方法で事業承継をする場合どのような問題が生じるのか、家族信託との比較とともに説明をしていきます。
株式の贈与
もっともシンプルな事業承継の方法が「贈与」です。
現経営者が無償で株式を後継者に渡すだけで済みます。株主名簿の書き換えや会社の承認を得るなどの過程は変わらず必要になりますが、家族信託より簡単に経営権を渡すことができます。
ただし、贈与したのちに、後継者が会社経営者として不適格であることが判明したとしても、株式を取り戻すことが困難であり、この点は注意が必要です。
家族信託であれば、信託契約の中に、事業承継を取りやめることができる条項を盛り込んでおくことで、一度事業承継したのちに「不適格だ」との判断に至った場合には、信託契約を終了して株式を取り返すことが可能です。
そのほか自社株式を贈与した場合、“後継者に贈与税の負担がかかる”という問題も生じます。
基本的には、年間110万円を超える贈与をすると、贈与した財産の価額に応じた贈与税が課税されてしまいます。経営権を持つために自社株式を渡されたのであり、これを現金に換価することはできません。そうなると、後継者にはまるまる納税額分の負担がかかってしまうのです。
この点、家族信託を活用すると贈与税はかかりません。
受益権は現経営者に残り、後継者は自社株式からの経済的利益は受けないからです。
ただし、受益者を委託者と兼ねない場合には贈与税の課税対象となるため注意が必要ですし、株式の贈与は後述するような事業承継税制も用意されているので、どちらがメリットがあるかは、しっかり判断することが必要です。
株式の売却
贈与をする場合、まるまるその価額分の財産を現経営者が失うことになります。
そのバランスを整えるためには、株式の「売却」というやり方が効果的です。
後継者がお金を払って自社株式を買い取るのです。
ただ、このときは贈与税を負担するときと同じく、後継者に金銭的な大きな負担がかかることとなってしまいます。贈与税と異なり当事者間で自由に価格設定ができる分、その調整はしやすいとも言えますが、市場における価格と揃えようとすると大金が必要になることもあります。
また、贈与と同じくいったん売却してしまうと後継者の変更も難しくなってしまいます。
遺言による株式譲渡
生きている間は経営権を持ち続けたいという願望がある場合、「遺言」による事業承継も検討します。
遺言書に「私が死んだあとは、○○(後継者)にすべての株式を譲る」などと記載し、相続開始とともに事業承継を行うのです。
遺言書を備えておけば、亡くなるときまで経営を続けつつ、亡くなったときには特定の人物に経営を引き継いでもらうことができます。
ただこの場合、後継者が経営者としての修業期間が設けられないという問題が生じます。
家族信託だと上述の通り指図権を設定することで一定の権限を現経営者に残しつつ、経営者としての教育を施すことが可能です。
また遺言による株式譲渡は遺留分を侵害しているとして相続人間で問題になってしまうリスクがあります。
株式の相続
仮に何ら事業承継の対策をしなかったとしましょう。
この場合でも、所有者が亡くなるとともに自社株式が消滅するわけではありません。相続により子などに株式は渡ります。
ただ、相続に任せて事業承継をするべきではありません。
後継者が唯一の相続人であればまだ大きな問題にはなりにくいですが、予期しない相続人が出てきたときに、部外者が経営に口出しできるようになってしまいます。
共同相続人がいる場合も同様です。配偶者や後継者として想定していない他の相続人に株式が分配されてしまうおそれがあります。
遺産分割協議により共同相続人の1人である後継者にすべての株式を承継してもらうことはできますが、そうなると後継者が経営権しか取得できず、現金などの他の遺産を受け取ることができなくなるおそれが出てきます。
何らかの対策をしていないと様々な問題が出てきますので、せめて遺言書を作成しておく、できれば期間に余裕をもって信託契約を結んでおくことなどを検討しましょう。
家族信託で事業承継をするときの注意点
家族信託を上手く活用することで種々の問題が解決できますが、利点ばかりではありませんし、注意点も多くあります。
特に留意すべきことを最後に紹介していきます。
後継者を変更できるようにしておく
家族信託の場合、10年を超えるような長期的な契約期間が想定されます。
その期間中に後継者が適格であるかどうかを見定めることができますので、万が一不適格であることがわかったときに備えておくことが大事です。
そこで、契約書には“現経営者の意思に基づいて信託契約が解除できる”とする条項を設けておくべきです。
遺留分に配慮する
遺産の大半が株式である場合、これを特定の人物に与えてしまうことが「遺留分の侵害」と評価されてしまう可能性があります。
亡くなった方の配偶者や子、親などには民法で遺留分の請求権が認められています。
これは遺産の一定割合を確保するための権利です。遺産のうちごくわずかの財産しか受け取れなかった相続人は、遺留分の請求をすることで最低限の取り分を確保することができると法定されているのです。
自社株式を信託財産として後継者に渡すことが遺留分の侵害になるかどうか、これは様々な事情を考慮して考えなければ判断できません。トラブルを避けるためにも、事前に弁護士に相談して評価をしてもらうようにしましょう。
事業承継税制を利用するケースとの比較をしておく
家族信託による事業承継では「事業承継税制」が使えないことに注意をしなければなりません。これは家族信託であることのデメリットです。
事業承継税制とは、100%株式を後継者に譲り渡したときに、本来贈与や相続の時点で支払わなければならない贈与税や相続税を猶予してもらう優遇措置のことです。さらに後継者が事業を継続し続ける限りは納税が猶予され、さらにその後継者が将来的に次の後継者に事業承継した際には、猶予されていた贈与税や相続税が免除されます。未上場の株式会社であることなど、所定の要件を満たすことで上述した税負担を軽減させられます。
このような事業承継税制も考慮すると、贈与契約などを活用した事業承継にも節税という利点があると評価できます。
節税要件に該当する場合には、節税効果を重視するのか、後継者を見定められるよう長期的に取り組むのか、状況に応じて選択する必要があります。
「相続時に揉める可能性が低い」「すでに後継者に任せられる状態にある」という場合には事業承継税制が利用できる事業承継方法でもいいかもしれません。
これに対し「相続対策も必要」「後継者への教育が必要」といった場合には家族信託が向いていると考えられます。
具体的な検討を進める際は、家族信託も取り扱っている弁護士に相談してみましょう。
家族信託のご相談は電話やメールのほか、リモートも可能です。お気軽にご相談ください。