家族信託を利用する際は遺留分に要注意! 遺留分侵害額請求への対策を解説
家族信託は、遺言書の作成と並んで有効な相続対策の手段です。信託契約を締結し、自らの財産の管理を家族等に任せることで、効果的な財産運用・スムーズな財産の承継も実現できます。遺言書と大きく異なるのは、家族信託は本人が亡くなる前から効力を生じさせることができるという点でしょう。遺言書だと本人が亡くなってから有効に機能しますので、その後の財産の行方や管理方法について本人は一切干渉できません。一方、家族信託は生前から効力を生じさせ、自らが当事者となり関与し続けることができるため、信託後の財産や他の当事者の様子も伺い続けることができ、一定の範囲で財産管理・運用に干渉することもできます。
ただ、他の相続対策と比べると複雑で、仕組みをよく理解した上で家族信託を始めなければ様々なトラブルを招くおそれも秘めています。その一例が「遺留分の侵害」です。
遺留分に配慮した家族信託の設計をしなければ思い通りの信託契約を実行することができませんし、なにより家族間で揉める危険もありますので、そのトラブルを防ぐよう努めることが大切です。
ここで「遺留分を侵害する」とはどういう意味なのか、また、なぜ家族信託で遺留分を侵害することになるのかを解説し、具体的な対策についても言及していきます。
目次
遺留分について
遺留分とは、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人に民法で認められた最低限の相続財産を取得できる権利のことを指し、被相続人の配偶者や子など一定の相続人の生活を保障するための制度です。すべての相続人に認められる権利ではありませんが、被相続人の配偶者や子、親であれば遺留分を確保するため遺留分侵害額請求権という権利を行使して、遺留分を確保することができます。
その根拠は民法にあります。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。
第1項は、全員の遺留分の合計割合について規定されていて、簡単に言いかえると①「相続人が親のみの場合には、遺留分全体として確保されるのは相続財産の3分の1」、②「①の場合以外だと、遺留分全体として確保されるのは相続財産の2分の1」ということになります。
第2項では、個別の相続人の遺留分割合について規定されており、第1項に定められている遺留分の合計割合に各相続人法定相続分を乗じたものになると規定されています。
例えば、遺留分権利者が子2人のみである場合、遺留分全体は相続財産の2分の1、そして個別の遺留分はこの2分の1に、さらに法定相続分の2分の1を乗じた4分の1、ということになるのです。
本来、相続財産は被相続人のものであり、遺言などで好きにその行方を指定できるところ、家族に一切の分配がされなければ生活がままならなくなるおそれがあります。こうした事態を防ぐため、遺留分として最低限の財産は確保されるように法律で定められているのです。
遺留分を侵害するとどうなるのか
遺留分の割合を超えて財産を取得できたのであれば何ら問題にはなりません。
問題となり得るのは、上記遺留分割合にも満たない財産しか受け取れなかった場合です。このとき相続人は、遺留分の侵害を受けたと主張して、財産を受け取った人物に請求をすることができます。これは「遺留分侵害額請求」と呼ばれる、民法第1046条を根拠とする請求権です。
(遺留分侵害額の請求)
第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
このような権利が用意されているため、財産を遺す被相続人本人としても、財産の分配方法を検討する上では遺留分への配慮を忘れないようにしなければなりません。遺言書で「すべての財産はXに相続する」などと記載してしまうと、他の相続人からXに対し遺留分侵害額請求権が行使され、相続人間でのトラブルになりますし、被相続人自身も遺言書で想定した通りの結果にはならないことが考えられます。
家族信託の結果遺留分を侵害することがある
家族信託の場合、委託者本人が有していた財産の所有権は受託者へと移ります。この点のみを考慮すれば、委託者本人が死亡したとしても、もはや信託財産は委託者の財産とは分離されているため相続財産とは別に扱われるべきとも考えられます。
税務上の取扱いも、信託財産に関しては被相続人固有の相続財産とは考えられていません。
しかし、信託によって遺言を行った場合、相続開始を契機に権利が移ることから、みなし相続財産になると考えられています。
みなし相続財産とは、純粋な相続財産ではないものの、相続によって財産が移転するという点をとらえて、相続税の課税上は相続財産とみなされる財産のことを言います。生命保険金や死亡退職金などがその代表例です。生前、本人が自由に処分できる財産として所有していたわけではありませんが、本人の死亡を契機にその財産が相続人等に移るという点では相続財産一般と共通しています。そのためこれをみなし相続財産として一定以上の額に達するときには相続税の負担を課しているのです。
信託財産の運用から利益を受ける権利(信託受益権という債権)に関しても、死亡したことによってそれが相続された場合には相続財産と同じような取扱いをするとの考え方が示されているのです。
遺留分を検討する上でも、信託受益権は実質受益者の財産であるとの考えに基づき、他の相続財産と同じように扱われると言われています。つまり、遺留分の対象になるということです。
ただ、ここで注意をしたいのは「受益者の得る信託受益権」が遺留分侵害額請求の対象になっているということであり、「委託者から受託者に対して信託契約に基づいて信託財産の所有権を移す信託譲渡」が遺留分侵害額請求の対象となるわけではないということです。
信託した財産の所有権ではなく、そこから利益を受けるという債権が遺留分の対象となっているのです。
家族信託における遺留分対策
遺留分にも配慮した家族信託を行うためには、以下の点への注意が必要です。
相続財産となる財産のすべてを信託しない
家族信託でどのような設定をしようが、遺留分を侵害しなければ遺留分侵害額請求の問題は生じません。
逆に言うと、相続財産となり得る財産のすべてを信託してしまうと遺留分を侵害してしまうことになり、遺留分侵害額請求がなされる可能性は高くなることと予測できます。
そのため全財産を信託したいと考えても、一定の範囲内に抑えた信託を実行することが大切です。残された家族が揉めないように、あらかじめ遺留分を侵害しないように設定しておくことが望ましいです。
家族間でよく話し合って信託契約の内容を決める
遺留分を侵害しない信託内容にしておくことが一番ですが、自分が行いたい信託の内容がどうしてもある相続人の遺留分を侵害してしまう、ということもあるかもしれません。
遺留分を侵害しない程度にとどめて信託契約を締結することがトラブル防止の観点から重要と言えますが、遺留分の侵害は相続人が納得していれば問題にはなりません。
そこで、そのような場合には、家族全員が納得できるまで話し合う姿勢を持つことをおすすめします。なぜ遺留分を確保することができないのか、なぜそのような信託契約にする必要があるのか、一つひとつ丁寧に理由を説明していくと良いです。
その話し合いの場に、専門家に参加してもらうことも選択肢の一つだと思います。第三者からの説明を受けることで家族も感情的にならず落ち着いて話を進めていくことが期待できるからです。
生前贈与や生命保険などを利用して現金を残す
遺留分侵害額請求では金銭での支払いをもって対応することになるので、請求を受けた人物に現金の負担がかかってしまいます。場合によっては財産を売却するなどして現金を用意しなければならないかもしれません。
そこで、生前贈与をしたり生命保険金が受け取れるようにして、仮に受益者が遺留分の請求を受けたとしても支払う財源となる財産を信託財産以外のもので残しておくという方法もあります。
特に生命保険金は、受取人固有の財産として、相続財産にはならないので、安心して確保することができます。
遺言書の付言事項を利用する
遺言書には、被相続人のメッセージを書き記すことができ、それを付記事項といいます。
そこで遺言書の付言事項への記載によりトラブルを防止するという手段も考えられます
この方法では相続人らを拘束する法律上の効力が生じるわけではありません。あくまで被相続人の「お願い」「意思表示」を伝えるにとどまります。
ストレートな表現を用いるとすれば「遺留分の請求はしないように」などと遺言書に記載することになりますが、できる限り気持ちが伝わるように記載方法に工夫を施す必要があるでしょう。遺留分権利者が遺留分の請求を思いとどまるよう、家族信託をするに至った背景・理由などを詳細に記載するとともに、「家族には仲良く過ごしてほしい」旨も記載するとよいかもしれません。
遺留分対策は専門家に相談を
家族信託は比較的複雑な契約類型であり、さらに遺留分も考慮した契約内容とするには高度な専門知識を要します。いったん契約を締結してしまうと簡単に内容を変更することはできませんし、事前に綿密な設計をしなければ遺留分の問題にも対処できません。
まだまだ家族信託の利用は世間一般に浸透しているとは言えず、これに対応できる専門家も限られています。そのため弁護士に相談すれば必ず安心できるわけではありません。Webサイトで実績を確認したり実際に話を聞いてみたりして、信頼できると感じた弁護士に家族信託の相談を持ち掛けることをおすすめします。
家族信託のご相談は電話やメールのほか、リモートも可能です。お気軽にご相談ください。